ふるさと日記 たらの芽(目)

 

多良に生まれ育ってウン十年のなずながつづる多良徒然日記。

最初は「多良の歳時記」という名前で始めましたが、2015年から「たらの芽(目)」にチェンジアップ。

多良地区だけでなく、大垣市や岐阜県のことなども話題にしています。 

随時、更新中♫

ぜひ、のぞいてみてね(^_-)-☆                since 2012

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 コラム

 

管理者の1人、なずなの日々徒然の思いを語ります。

 


 正月は歳取りの祝い事

 

 子どものころ、お正月が近づくと祖母が歌うように聞かせてくれた。

「お正月さんござった。ゆずりはの上に乗ってござった」

 

 祖母は現在の海津市平田町今尾の生まれ。

この歌が祖母の実家で歌われていたのか、あるいは上石津に来てから覚えたものか、定かではないが、お正月を擬人化したこのフレーズが子ども心に気に入って、今も覚えている。

 

 「ゆずりは」は暖地の山地に自生する植物で、春に若葉が出たあと、古い葉が新しい葉に譲るように落ちることから、代々家が続いていくように見立てられ、縁起ものとしてお正月飾りなどに使われるのだそうだ。写真で見ると、ゆずりはの葉はそんなに幅広くも見えないので、お正月さんがこれに乗れるかどうかはなはだ心配だが、お正月さんとは歳神様であるから、葉っぱが広かろうが狭かろうが、そのへんは神通力でなんとでもされるのだろう。

 

 歳神さまは高い山の上から里に降りてきて、五穀豊穣をもたらすとされる。お正月に備える鏡餅は歳神様への供物、このおさがりがお年玉である。

 

 今ではあまりなじみのないものになってしまったが、日本人の年の数え方に「かぞえ」というのがある。

満~歳とは別に、お正月が来ると誕生日に関わらず、みな一様に歳を取った。歳神様から歳をいただいたということなのだろう。

 

 日本人は歳をいただくということを、それだけ大事にしてきた。

今はどうだろうか・・

歳を取ることを喜べているだろうか、自分は・・

 

 歳を取ることとは経験を積んで、自らが心豊かになることだ。

今年は歳を取ることの意味を考えながら暮らしていきたい。

 

 


未来にタスキを渡す

 

 私はおよそ持久走、マラソンと名のつくものは好きではない。

体重を減らすためにも動かないといけないことはわかっているのだが、特に目的もなく、ただ走るのは苦痛である。

 

しかし、人が走っているのを見るのは別だ。

特にこの時期、話題になるのは「箱根駅伝」

テレビでも中継を見ることができ、連れ合いは必ずといっていいほど、見ている。

 

コラムを書くためにウィキペディアで箱根駅伝について調べたところ、第1回大会は1920年。今から100近く昔の大正9年。マラソン選手育成のための、アメリカ横断を実施するための代表選考会だったらしい。

 

駅伝はマラソンとは異なり、何人かの選手がタスキをつないで走るところがミソである。必死に歯を食いしばりながら、次にタスキをつなぐために苦しさを我慢して走る。結果、数十人ごぼう抜きなんてこともありうるわけだから、レースの展開が予想できないのもおもしろい。

 

別にマラソンがおもしろくないといってるわけではないので、御了解を!

 

走るという事は、よく人生に例えられる。

 

私たちも今、未来の人間にタスキをつなぐために走っている。

 

そんな自分をふと、駅伝の選手に重ねあわせてみているのかもしれない。

 

しかし、どんなタスキを手渡したいのか、ここは一番熟慮が必要である。

 

今年の箱根駅はどの大学が制するのだろうか。

 

個人的には、母校であるエンジのユニフォームのW大に優勝してほしいが、ちと無理かなあ(^_^;)


仕事始めに思うこと

 

 1月4日、多くの企業では今日が仕事始めというところが多いことだろう。しかし、自営の場合は仕事納めも仕事始めもなく、「去年今年貫く棒の如きもの」という高浜虚子の句のように、去年からの仕事丸抱えで自分でなんとかけじめをつけないとどうしようもないということが多い。

 

 日本では年末年始と会計年度の始まりと終わりというのは一致していない。前者は12月1月、後者は3月4月である。江戸時代は暦と会計年度はイコールだった。会計年度の始まりが現在のようになったのは明治19(1886)年だそうだ。その後も明治新政府の台所の裏事情もあり、何度かの変更の後に現在の形で落ち着いたらしい。

 

 手帳も多くは1月始まり、12月終わりだが、最近は9月始まりのものもあって、私もここ数年、そちらを愛用している。

 

 いずれにしても物事の始まりには何かしらの緊張感をおぼえ、期待感もある。と、同時に個の時間、あるいは家族と過ごす時間から職場に引き戻される、なんともいえない忌避感みたいなものもあるだろう。

 

 人間はなかなか自分の意思でふんぎりをつけることができないものだから、暦の上でも仕事始めがあるのはありがたいことかもしれない。


悪は魅力的

 

 数年前、大垣別院の公開講座(500円で聴講できる)に、学者でコラムニスト、エッセイストとしても知られる姜尚中氏が来られた。私は氏のファンなので、かぶりつきで話を聴いていた。その時は東日本大震災の話であったと思う。

 そしてまた、一昨年であったか、今度はスイトピアで氏の講演があった。今度はサイン付きであったので、列に並び、しっかりとサインを頂いた。ご近所のご夫婦も来ておられ、あらためて、氏のファンが多いことを知った。

 この時、最初に氏が話されたのは、「悪」ということについてであったと記憶している。この時は氏の映画出演の話が進んでいるとのことで、「私は悪役がやりたかった」と残念そうに話をされていた。氏の役はいわゆる善人だったらしい。

 姜氏の著書の「~力」シリーズに、「悪の力」というのがあるので、ご存じない方は読んで見られてはいかがだろうか?

何もタイトルを「悪は魅力的」としたからといって、姜尚中氏と張り合おうなんて恐ろしいことは毛頭思っていない。ただ、私なりに悪について考えてみたいと、ふと思ったのだ。

 

 泥棒=人のものを盗むことは悪いとだれもが知っている。泥棒は犯罪である。しかし、映画や漫画、小説の世界では、警官や私立探偵と同じくらい、泥棒が主人公の作品は多い。アルセーヌ・ルパン、ルパン3世、キャッツアイ、弁天小僧菊之介、明日に向かって撃てのブッチとサンダンスetc そして、私の愛読書である青池保子氏の「エロイカより愛をこめて」の主人公、ドリアン・レッド・グローリア伯爵もイギリス人の泥棒貴族である。副主人公はドイツ軍人で「鉄のクラウス」と異名をとるクラウス・ハインツ・フォンデム・エーバルバッハ少佐であるが・・

 

水戸黄門は勧善懲悪の時代劇で泥棒とは対極にあるはずのものだが、その手下には風車の弥七というたいそう魅力的でうでっぷしの強い泥棒がいて、黄門さまの手足となって働いていた。今ではすでに鬼籍に入られてしまったが・・

 

主人公がイケメンでかっこよければよいほど、これに負けず劣らず魅力的な悪役が出て来るというのもよくあるパターンだ。

 

悪を憎みながら悪に惹かれる。

これはいったいどういうことなのか。

 

その昔、悪という漢字はとにかくむちゃくちゃ強いという意味でも使われた。名前に悪のついた歴史上の人物もいる。悪七兵衛景清は藤原景清の異名。何しろむちゃくちゃ強かったらしい。悪源太義平(あくげんたよしひら)は源義朝の長男で、後に鎌倉幕府を開いた源頼朝の兄である。もし、この義平が生き残っていたら、歴史は変わっていたかもしれない。

 

これらの「悪」は強いものに対するリスペクトの表れだろう。

 

かくして悪は庶民に愛された。悪でありながら、為政者や陰でこそこそする奴らの鼻をあかすという痛快さに対する拍手であり、喝采であった。

 

また社会のルールに縛られて窮屈なわが身に引き比べ、彼らはなんと自由であることか。もっともいったん捕まれば、磔・獄門が待っているのだが・・

 

毒をもって毒を制すというが、悪をもって悪を制すとでもいうのだろうか・・

 

悪が魅力的と感じられる世の中は平和である。戦時下、動乱の世の中で悪は魅力的とはとうてい思えない。

 

ほんとうに倒すべき悪、憎むべき悪は影法師のように社会の闇に同化し、人を食らう日を待っているのかもしれない。

 

 


実態のないまちづくり 

 

 思いがけないことに、まちづくりに関わるようになってはや5年。わたしが地域にめざめたきっかけは、仕事だった。取材で各地にいくうちに、いわゆるまちづくり活動をしておられる方々に出会い、それまで関心がなかった自分の地域に初めて目がいくようになった。

 気が付いたら、若者がいない、子どものいない地域になっていた。しかも、ここ数年、さまざまな事情で故郷を後にされる方々が増え、歯が抜けたように空き家だけが増えて行くという寂しい状況になっていたのだ。

 よその地域のことについては客観的に見れるが、自分の地域に関してはそうはいかない。良し悪しは

ともかく、故郷が消えてなくなることだけは避けたい。そう思ってやってきた五年間だった。

 人のために行動しているとは、毛頭思っていない。すべて自分のため。来てほしくない未来を回避しようとしているだけだ。他人がやってくれればいうことはないのだが、やる人がいないので、自分で動かざるをえない。他人頼みにしていても、イライラしてよけいにストレスがたまるだけだ。

 では、かくして、地域は変わったのだろうか。応えは否である。いや、正確には少しは変わりつつあるかな・・昨年は町外から引っ越してこられた方もあり、Uターンしてこられた方もあった。外からの風は貴重である。外からの風を受け入れながら、地元の有志で頑張るのが最良だと思っている。

 でも、正直、このままでは活動は続かないだろう。このままではいけないという危機感はある。しかしながら、いざ活動しようとなると、どこまでできるのか。無償のボランティアには限界がある。まちづくりのために自分の時間を割き、仕事を犠牲にすることはナンセンスである。

 まちづくりとは自分の住む場所を少しでもより良い場所にしていくことだ。イベントすることがまちづくりではない。もっと継続的に、辛抱強く・・しかし、今の多良のどの組織にもそれだけの体力はない。

 まちづくりまちづくりといってみても、形にならなければ何もしてないのと同じである。たんなる自己満足。実態のないまちづくりから実態の伴うまちづくりへ。舵取りが必要だ。

 

 

 


 壊すのは自分の中の壁

 

 壁というのは家にとって大切なものだ。

壁がなければ家は崩れてしまうし、断熱性や気密性も失われてしまう。

また、防音の役目も果たしている。なのに、どういうわけか、比喩として用いられる場合、否定的な意味合いに使われることが多い。

壁を壊すとか壁を乗り越えるとか、能力の限界とか、自分と他人を隔てているものの代名詞として使われる。

かわいそうな壁である。

 

 人間が作り出す目に見えない壁とは自分自身を守るためのものだ。

だれかに傷つけられないように、自分が信じているものを壊されないように、自分を守ることで人を排除している。

他人との間につくっている壁は一つではない。

段階を踏んでいくつかある。

壊しても壊しても次の壁が立ちはだかってくる。

相手にしても同じことだ。

なかなか互いの懐に入り込むところまではいかない。

 

 でも大切なのは自分で自分の壁を壊そうと努力することだ。

相手の壁を壊すことではない。

 


雪の日

 

 昨年はほとんど雪らしい雪が降らず、今年になってしまった。今年も降る降るといわれながらなかなか降らず、物足りない思いをしていたら、ついにドカっと来た。朝からずっと降り続いて、裏の竹藪の竹が雪の重みで垂れ下がり、おばけのような状態になっている。ただ、積雪量はそれほどたいしたことはない。

 昔は一冬に必ず、通学や出勤のできない日があった。うちの前は坂になっているので、一定量を超えると車が使えなくなってしまうのだ。それでもどうしても出て行かなくてはならなくて、主人と二人、雪をかきわけかきわけ、やっとの思いで車道まで車を出したこともある。

 雪は好きだけど、通勤・通学のことを考えると、これ以上は降らないでほしい。

 

 雪の降る日は怖いくらい静かだ。いつもは時々聞こえる国道を通る車の音もまったく聞こえない。雪がすべての音を吸収してしまったのかと思えるほどだ。

 雪の降る日はだれにも会わず、自分の中に閉じこもってしまえる。いろいろな声もシャットアウト。

現代は音が多すぎる。

 

 静寂・孤独は大切な時間。

 

雪の日は自分にとって大切なことを思い出させてくれる貴重な時間だ。